水奈月の独り言

映画についての個人的な見解

今さらながら鑑賞!『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』

ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ

1997年からオフ・ブロードウェイで上映された作品が最初のようです。

(オフ・ブロードウェイとは、500席未満の小さな劇場のことを言います。ブロードウェイにあったとしても、小さい劇場であれば「オフ・ブロードウェイ」と呼ばれるそうです。)

 

その映画化が公開されたのは、2002年(アメリカでは2001年)でした。

主演を務めたのはジョン・キャメロン・ミッチェルというアメリカの俳優で、本作でも監督と脚本も手掛けています。

 

あらすじ

まだベルリンの壁で東と西に分かれていた時代。ヘドウィグはまだハンセルという名前で男性として過ごしていた。ある日、ルーサー軍曹と出会い、結婚を申し込まれる。ハンセルの母親は、ヘドウィグと名乗り性転換手術を受け、女性としてアメリカに渡りなさいと、自分の名前と一緒にパスポートを渡します。

しかしその手術は失敗してしまい、股間には隆起した肉の塊が残ってしまうのでした。(これがアングリー・インチ「怒りの1インチ」)

そしてベルリンの壁が崩壊された日、最初の記念日に、ルーサーはヘドウィグの元を去ってしまいます。

そこからベビーシッターをして生活しつつ、韓国人女性たちとロックバンドを始めます。ベビーシッターのお家で出会ったトミーという若い少年と出会い、二人で音楽を制作して過ごします。

しかし、トミーはヘドウィグの股間に気付いた瞬間、逃げるように去ってしまうのでした。更に二人で作った音楽でロックスターとして成功してしまい、ヘドウィグは絶望します。

 

“愛”を求める物語

ヘドウィグは幼い頃、母親から聞かされたプラトンの「愛の起源」を信じている節があり、誰にも片割れがいるのだと歌います。そしてそれが“愛”なのだと。

同性愛に厳しかった時代、恋をすれば裏切られた経緯、色んなことに邪魔をされながら自分の片割れ“愛”を探し求める物語です。

ロックバンドのツアーとして各地を巡りながら、愛を求め自分自身を探す旅でもあったのです。

 

ヘドウィグを生み出した、主演のジョン・キャメロン・ミッチェル

性転換手術を受けてからは女性として生きて行くヘドウィグを演じるジョン・キャメロン・ミッチェル

彼は作曲家のスティーヴン・トラスクと共にヘドウィグというキャラクターを生み出し、舞台時代からその役を演じてきました。

作中ではほとんどのシーンで女性として登場し、男性に見えないほどキレイで美しく見惚れてしまいました。しかし後半に男性として登場すると、今度はカッコよく惚れ惚れするような筋肉美を披露しています。

女性にも見えて男性にも見えて、そのどちらもとてもレベルの高い美しさ。

見ていて何だか不思議な感覚になりました。

 

ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』の考察

私がこの作品を観て感じたのは、ヘドウィグは女でもあり、男でもあるのです。恐らく、本人にとって性別はさほど重要なことではないのでしょうね。

 

ただプラトンの「愛の起源」にあるように、自分の片割れを求めていただけ。

自分の片割れが現れて一つになったとき、自分自身が出来上がる、完成すると信じていた。というより、そう信じなければ自分を保っていられなかった。

愛を求めているようで、実は自分自身を肯定したかったのだと思いました。

ラストシーンで裸になったヘドウィグが歩いて行くシーンがあるのですが、色んな柵から解放されて、自分で自分を認めてあげられるようになったという描写なのでしょう。

 

作中で使われた音楽はマドンナにも絶賛され、その権利を求めたといいます。

そのエピソードも納得の、初めての鑑賞でも心に響くような楽曲ばかりで、ヘドウィグの波乱の人生に胸を打たれました。