水奈月の独り言

映画についての個人的な見解

日曜プライムで放送『君の膵臓を食べたい』鑑賞!

公開された当時から、このタイトルのインパクトには興味を惹かれていました。

けれど、鑑賞には至らず。。

それが先日、地上波で初放送されたのを機に、やっと鑑賞しました。

 

私は原作も読んでいないので、何の情報もなく観ることができました。

なので、ごくごく単純に、「『君の膵臓を食べたい』!?!?」という疑問を抱えて挑みました。

 

そして放送日。

録画予約をしていましたが、冒頭はリアルタイムで観ていました。

そして映画が始まって間もなく、

「君の膵臓を食べたい」

「え?」

「昔の人は病気になると、動物のその臓器を食べると治るって信じてたんだって」

「だから僕の膵臓を食べようって?」

という会話が飛び出します。

私は内心、「これがタイトルの理由か…」と思ってしまいましたが、『ラスト、きっとこのタイトルに涙する』というキャッチコピーになるほど、タイトルには深い意味があるのだと信じて、鑑賞を続けました。

(結果は、「ん?つまり最初に言ってたことでは?」という感じでした)

 

桜良膵臓の病気を患っていて、余命幾ばくも無いと宣告されていました。

そんな彼女の「共病文庫」を、“僕”こと春樹は病院で偶然拾って、読んでしまいます。

桜良の身内意外で唯一、彼女の病気を知ってしまい、彼女の「死ぬまでにしたいことリスト」を達成することに付き合わされるのです。

“僕”は、学校でも一人で過ごすことが多く、休み時間もいつも読書をしていました。

友達も少なく、群れることもなく、静かに過ごしていた“僕”の生活は、桜良の病気を知ってから一変します。

クラスの誰とも仲が良く、友達の多い桜良と共に過ごす時間が増え、クラスでも注目を集めるようになってしまったのです。

 

しかし、次第に“僕”も、桜良に心を開き、打ち解けていきます。

“僕”は、多くの友人に囲まれ、みんなから愛され、誰をも認める桜良の姿勢に惹かれていき、

桜良は、一人で生きていく春樹の強さ、自分自身と向き合う揺るぎなさに憧れていく。

そして、その想いは「好き」とか「愛してる」なんてありふれた言葉では表しきれない程、強い想いがこもっていて、『君の膵臓を食べたい』と表現するのです。

 

私の個人的な見解では、冒頭のシーンで「病気が治るために動物の膵臓を食べたい」と話す桜良が本当に、ただ病気を治すために膵臓を食べたいと言ってるとは思わなかったので、ラストを知っても「やっぱり最初に言ってた通りだ」と思ってしまったのです。

桜良と春樹が惹かれ合って、特別な関係(恋人に限らずとも)になることは映画を観る前から明らかでしたので、そんな春樹に向かって膵臓を食べたいと言う桜良の心境は、『誰の膵臓でもいいわけじゃない、“君の”膵臓が食べたい』だと察してしまいました。

 

事前情報が極力ない状態で観たにも関らず、オチを察してしまって、それが当たってしまったのは残念でしたが、桜良の死が病気によるものではなかった裏切りはとても良かったです。

 

作中で、桜良が「君の一日と、私の一日、一日の価値はみんな平等だよ」と言うセリフりました。

春樹が桜良に「残り少ない時間をもっと有効に使うべきだ」と言ったときに、桜良が言うのです。「君だって、明日突然死んでしまうかもしれない。最近、この辺でも通り魔が増えてる」と話すシーンです。

 

私はこのセリフに感動しました。

余命宣告された桜良も、未来がいつまでもあるように思える春樹にも、明日が来る。明日も生きているという保障はないのです。

このセリフは『余命一か月の花嫁』でも使われてましたが、「明日が来る」ことは当然ではないということです。

 

そして、そんな大切なことをちゃんとわかっていた桜良に““それ”は訪れます。

もう体が限界に近く、最後の自由として一時退院が認められた日、春樹との待ち合わせ場所に向かう途中で通り魔に襲われて命を落としてしまうのでした。

 

残された余命を全うすることなく、突然、“明日”を奪われてしまうのです。

その残酷すぎる結末に、尽く裏切られた感がありました。

 

私はこの“裏切り”が映画としては最高にイイなと思いました。

こういうどうにもならない程絶望的な裏切りのエンディング映画出会えると嬉しくなりますね!

近いうち、原作の小説も読んでみたいと思います。